07.22
漁網アートの「やわらかさ」 ウミガメ事件へのアクセスとして
台湾の基隆で要らなくなった漁網を使ったアートを見た。日本統治期に整備された水産施設をリノベしたレトロな建物の中庭を、何種類かの漁網をつなぎ合わせたアートが覆っている。何かが落ちてきても大丈夫とでも言いたげなやわらかさだ。

2022年6月16日、基隆市
対極的な「漁網」
傷つけられた海亀が何匹も沖縄の海で見つかったというニュースも、はやり漁網が関係しているのだが、その「事件」をめぐる反応は激しく、やわらかさとは対極的な印象を与えた。「事件」に関与した漁民が、海亀が網にかかって困っていたという趣旨の話をしていると報じられ、私はもっと事情を知りなくなったが、漁民は口をつぐみ通すかもしれない。何を言っても耳を傾けてはもらえまい、と思い込んだりしないでほしいと思う。
「事件」は国際的な関心を呼び、地元の久米島町長がホームページで「お詫び」の文章をアップする事態になっている。
海亀は保護されるべきであり、観光資源として有用であるということは論を待たない。ただし、だから何が何でも善であると結論付けることはできない。
台湾の複雑な方程式
台湾島の南西側に浮かぶ小琉球という島は、ウミガメを重要な観光資源としているが、近年はオーバーツーリズムが問題となっている。その背景には海洋環境の変化という地球規模の課題も絡んでいる。
海水温が高くなり、珊瑚の白化現象が起きて、珊瑚が死滅すると、そこへ海草が繁茂するようになり、これをえさとするウミガメがこれまで以上に集まるようになり、観光客もさらに、そして、オーバーツーリズムに拍車が掛かる・・・(2020年6月8日「自由時報」電子版)。
その一方で、海洋環境が地球規模で変化していることから、小琉球にウミガメが寄り付かなくなるのではないかと警鐘を鳴らす研究者もいる。要は、答えがいくつも予想される複雑な方程式に取り組んでいるという心構えなのだ。
漁民はなぜウミガメを傷つけたのか。
海にかかわる人たちの話に耳を傾けていると、ウミガメを食べるという話はそれほど突飛なことではないと受け止められているように感じる。ダイビングでウミガメに出会って喜びを覚えるような感性や、ダイビング業を営む人たちがお客さんにウミガメを見せるために一生懸命になる行為とは、意識の向け方が違うのかもしれないというところから始める必要があるのかもしれない。

2022年6月16日、基隆市
やわらかな空間
そのうえで、魚価の低迷や燃油の高騰など漁民の暮らしにまつわる事々を考えないといけない。ウクライナ侵攻でオイルの値段が上がっているとかそういう「今」的なことだけではなく、漁民の暮らしが厳しいということはずいぶん前から言われていることである。漁場も荒れている。海水温の上昇で、珊瑚はこの先どうなるかわからないという話もある。魚が海からいなくなるという不安もあることだろう。
ウミガメが傷つけられたというニュースが与えた衝撃は大きい。激しい反応があったとしても、心情的には理解できる。それに加えて、筋肉のこりをゆっくりともんでほぐすような営みがあってほしい。当事者の思いを、漁民の本当の言葉を聞きたいと思う。言葉をやわらかに受け止めてくれる漁網のような空間こそが大切だと思う。


