2026
01.06

カメもち作りの名手/台湾のお米文化圏で培ったもの(動画あり)

八重山, 八重山の台湾人, 台湾, 土地公祭

おうちの台所で覚えた

 石垣島には、数多くの台湾出身者が暮らしています。そのなか、赤い亀もち(紅龜粿)の作り方を台湾で覚え、今もその方法でつくり続けている人は多くありません。このコラムで取り上げる女性は、その数少ない人物のひとりです。

 この女性は、台湾の農村部に生まれました。自宅で家事を手伝いながら、赤い亀もちの作り方も覚えたそうです。女性は、同じ地域の男性と結婚し、嫁ぎ先でも家事を任されることになりました。

 しかし、赤い亀もちは、嫁ぎ先の流儀に倣ってつくるべきだと考え、夫の母親に尋ねたそうです。ところが、義母は現金収入を得るためにパイン工場で働いており、忙しさのために取り合ってもらえなかったそうです。結局、この女性は自分で習い覚えたやり方で亀もちをつくりました。近所の人に味見をしてもらったところ、好評だったそうです。

石垣島で作り続ける

 女性が生まれた地域は農村地帯で、人々は田んぼをつくっていました。そのころ、おコメは高く売れたため、ふだんはおコメを売って現金に換え、その現金で小麦粉を買い、マントウを作って食べる生活を送っていました。

 1970年ごろ、沖縄への出稼ぎ募集がありました。女性は夫とともに応募し、石垣島の近くにある島にやってきました。

 女性は、現在は石垣島で暮らしています。そして、今でもお祝いのたびに赤い亀もちを作っています。これは、女性がお米の文化圏で暮らしてきたことと無関係ではないでしょう。

 台湾の土地柄が、この女性の食べ物と結び付いています。その食べ物は、石垣島で台湾由来の信仰を続けるうえで、欠かすことのできないお供えとなっているのです。

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