2026
01.02

信仰とリスクマネジメント

アイデンティティ, 八重山, 八重山の台湾人, 台湾, 土地公祭, 旧暦の行事, 沖縄

 台湾系3世の知り合いが台湾へ行き、霊的な存在によってもたらされるイメージに従って台湾を旅したところ、ある福徳宮にたどりついた。「土地公」を祀るそのお廟は、台湾出身の祖母がお詣りしていた場所なのだという。しかし、祖母は生前、このお廟のことを家族に語ったことはなかった。台湾由来の信仰を表に出すと、おかしな「レッテル」が貼られるのではないか。そう心配して、家族にさえ語らずにいた・・・

 (このコラムは次の2本の記事に続くものです)

taiwanyaeyama.com

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 この、台湾出身のばあちゃんが、かつて石垣島の土地公祭に参加していたことは1952年の土地公祭を撮影した写真で確認できる。また、最近では、2014年と2020年に、私は土地公祭で顔を合わせている。その一方で、近しい家族に台湾での信仰を伝えずにいた。

 なぜなのか。

 その理由をあらためて整理し、私なりの言葉で二点に分けて説明してみたい。

台湾出身だから

 ひとつは、台湾出身であることを表に出すリスク。自ら表明しなかったとしても、ばあちゃんが台湾出身だということは、近くに住む石垣島のネイティブたちは知っていたことだろう。石垣島に馴染みのない苗字を名乗り、聞きなれないイントネーションも日本語を話す人たち。ばあちゃんは、石垣島で暮らし始めたころ、そんなグループのひとりだった。

 石垣島と台湾のつながりは、戦前の日本統治期にはすでに培われていたが、終戦によって断ち切られた。石垣島は米軍に統治され、琉球籍を持たない人は制限を受けながら暮らすことになった。台湾から石垣島にわたり、生活の土台を築いていた人たちも、琉球籍は持っていなかったので、外国人として制約を受けながら暮らすことになった。

これに加えて、出自を理由に理不尽な目に遭うことも少なくなかった。石垣島の台湾出身者のなかには、すでに日本国籍を取得していたとしても、今なお台湾とのかかわりを公けにしていない人がいる。台湾出身者として石垣島で暮らすことは、依然として、リスクを伴うものと捉えられているのである。

 戦後間もない1947年の調査によれば、八重山では台湾籍の人が119人確認され、このうちの99人が主に台湾語を話していた。その10年後にあたる1957年末の統計によると、旧石垣市の住民2万3707人のうち、台湾人は206人だった。聞き馴染みのない言葉を話す人たちが石垣島には一定数住んでおり、その人数は増えていた。石垣島のネイティブにも、こうした状況は意識されていたことだろう。

 このような状況の中で、台湾出身だということを敢えて口に出すことは、無用のトラブルを招きかねなかった。自分ひとりだけのことではなく、子どもたちなど家族への影響を防ぐ必要があったはずだ。自らと台湾のかかわりを「語らない」理由はここにある。

マイノリティの信仰

 もうひとつの理由は、島の外から持ち込んだ信仰が、奇妙なものとみなされるかもしれないというリスク。

 信仰や先祖を大切にするという点は、石垣島ネイティブの人も、台湾の人たちもそう大きく変わらない。八重山の伝統的な聖域である「御嶽」(おん)で神事をつかさどる「神司」(つかさ、女性が務める)にしても、神司を務めることになったきっかけが「お告げ」によるものだというエピソードはときどき耳にする。八重山出身の女性が「お告げ」を受け、しかし、神司になることを拒んでいたところ、体調を崩してしまい、それは「お告げ」に従わないからだという理由付けがなされ、結局、神司に就くことになった―といった具合である。

 石垣島で神事に接したことのない人にとって、こうしたエピソードは理解しがたいものかもしれない。ただ、石垣島ネイティブの間では、十分に起こりうる話としてシェアされる。非科学的ではなく、よくある話として受け止められる。

 ただ、台湾出身者は島のネイティブではない。マイノリティグループのひとつである。「お告げ」や、「見せる」(霊的な存在が、その人の意識のなかに、なにがしかのイメージを伝えること)という現象は、石垣島ネイティブの間であれば普通のことだが、マイノリティのものとなると、奇妙なものとみなされ得る。

 マイノリティは、マジョリティのネイティブから分け隔てをされうる。人によっては「語らない」という選択を採ることになるのだ。

つづく

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