2026
01.01

指図されるまま南へ/「龍の山の寺」にたどりつく

アイデンティティ, 八重山, 八重山の台湾人, 台湾, 土地公祭, 沖縄

 (この記事は、こちらの記事から続くものです。)

 2025年12月16日、石垣島福徳宮で集まりがあった。午前10時に始まるというので、少し早めに行ってみたところ、お廟の中で衣替えが行われていた。現在4体ある神像のために、新しい衣装と飾りが寄付されていたのである。神像の衣替えは、私はそれまで見たことがなかった。初めて見る光景である。得難い機会となった。

taiwanyaeyama.com

龍山寺ではない

 神事が順調に進み、少し離れたところから福徳宮の様子を眺めていた。すると、台湾系3世の顔見知りに話しかけられた。祖父母の代に台湾から石垣島に移民し、ご本人と親の世代は石垣島生まれというプロフィールの持ち主である。聞けば、11月に台湾へ行ってきたという。

 この人は霊感が強く、その旅の方法は霊感に頼ったものだった。霊的な存在から伝えられるイメージやメッセージを頼りに旅をしたというのである。当初の目的地は、台北萬華の龍山寺だった。台湾のガイドブックなら必ず掲載されている有名スポットである。龍山寺を行先に選んだのは、霊感によって「龍の山の寺」というイメージが伝えられたからだという。ところが、台湾に着いてみると、南へ向かうようにと指図された。

石垣島と同じ「福徳」

 旅程を変更してたどりついたのは屏東県恒春だった。九州ほどの広さがある台湾で、台北から恒春までの移動するのである。骨が折れる。台湾系3世のこの人は、どう行ったらいいのかと戸惑ったそうだ。すると、列車の次にバスが、バスを降りると停留所の前にタクシーがという具合に、目的地への道がつながっていったそうだ。

 たどり着いた場所には福徳宮があったという。石垣島福徳宮と同じように「福徳」の文字を名前に取っている。「福徳」は、台湾で広く信仰を集める神様、土地公のこと。土地公を主神として祀っている場所は「福徳廟」や「福徳宮」などと称する。恒春のこの福徳宮は台湾で最も古い歴史を持つと言われ、台湾で縁起の良いものとして親しまれる「龍亀」があるし、高台から南シナ海を望むことができるしというわけで、「龍の山の寺」にふさわしい場所だったとのことである。

語らなかった信仰

 台湾系3世のこの人は次のように語った。

「ここが一番古い福徳廟なんだそうです。ばあちゃんたちはここにお参りしてたそうです」

 祖母がこの場所へお詣りに来ていたことを、台湾系3世のこの人は、そこへ行って初めて知ったというのだった。つまり、そういうイメージが伝えられたというのである。そして、家族や親類のなかに、この福徳宮のことを知っている人は見当たらないとのことだった。

 さらに次のように語った(つまり、もたらされたイメージを次のように説明した)

 「見えない世界のこととか、信仰のことを言うと、やっぱり、偏見を招く。『台湾人』というだけでも偏見で見られてるのに、それを話すと、余計に『おかしい人』っていうレッテルを貼られて、子どもたちにもレッテルが貼られる。だから、ばあちゃんは(信仰のことを)言わなかったって」

「レッテル」

 私の場合は、台湾的なものに触れるうちに、暮らしと信仰の近しさのようなものに徐々に慣れていっている。たとえ、「お告げ」のようなものを頼みとしてだれかが動いていたとしても、それをただただ奇妙だとは思うことはなくなっている。そうした振る舞いを受け入れることで、相手のことが少しは理解できるようになる。そう思えるようになっている。

 しかし、台湾や台湾で暮らす人たちと向き合った経験を持たない人は、そうではないだろう。

 仮に、だれかが、その実生活の中で、霊的なイメージを頼りに何かをやったり、何かを決めたりした場合、どうなるだろうか。時として、自らの立場を危うくさせることになるのではないか。「あの人は『おかしい人』だ」と後ろ指を差されかねない・・・。

 台湾系3世のこの人の話を聞いていて、私は異なる二つの教訓を思い出した。「現場に足を運ぶことは取材の基本である」という教訓。もうひとつは「現場に足を運ぶだけで満足してはいけない」というまた別の教訓。

 そこへ行き、見て、撮って、記録しなければわからないことはある。しかし、現場に行ったとしても、見たり、撮ったり、記録したりすることができないものがある。惜しみなく語ってくれる人の話に真剣に耳を傾けるのは当たり前のマナーだ。しかし、その話に寄り掛かってばかりいてはいけない。口が重く、語ることができない人、語ることと語らないことを区別している人のことを忘れてしまいかねないからだ。見えたものだけで理解したつもりになってはいけないのである。

 見えるものや聞こえるものだけに気を取られていると、見えないものや語られないものに隠された大切なことを見逃しかねない。台湾系3世のこの人が語った「レッテル」という言葉は、かつて、リスクを避けるために沈黙することのあった台湾出身者たちのことをあらためて思い出させた。

つづく

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