千里眼と順風耳
始発のバス停から終点まで乗り通して、乗客はずっとわたし1人。着いたところは雲林県の山に…
始発のバス停から終点まで乗り通して、乗客はずっとわたし1人。着いたところは雲林県の山に…
1年ぶりに台中へ行った。米軍倶楽部だった施設で行われていたリノベーションが最終段階に入…
2026年6月22日、雲林縣の山村を歩いた。濁水溪沖積平野の上流域である。邱永漢が19…
台南/麻豆の八重山人 台南の麻豆に住む郷土史家が2006年6月17日、第二次大戦…
沖縄でキビ倒しを手伝うため、台湾からたくさんの人が働きにきていたことがありました。19…
スマホをなくしたら、知り合いと連絡が取れなくなる。おうちの固定電話しかなかった…
台湾宜蘭県の蘇澳鎮には、日本統治期に造られた南方澳漁港があり、台湾の水産拠点とひとつと…
助手席に座ってトラックに揺られながら、たばこを一本勧めてみると、運転手氏は、自分のたば…
2026年5月13日、石垣島と基隆を結ぶ船の運航について発表があった。豪華客船…
随分と久し振りに首里金城町の石畳を歩いたのは、インタビューの帰り道のこと。お話を聞かせ…